末端のクソブログ

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2019.3.16

自分の腕を枕にして寝転がって漫画を読んでいると手首の血流が滞っているのを感じます。圧迫される手首。止まる血流。些細な命の危機。しかし漫画の続きを読みたい。されど命の危機。冷たくなる指先。消えぬ圧迫感。動かぬ手指。先が気になる漫画。痺れる掌。あと一頁で読み終わる。あと一分で死にそう。

 

ここで頭を上げて血流を通します。

2019.3.13

昨日、日記を更新していない気がしてたら日記を更新してませんでした。

 

昨日は朝目覚めると即刻二度寝し、それでも8時には目覚め朝食をいただきました。

 

そして気がすむまでゲームをやったら昼食の時間だったので昼食をいただきました。

 

外の天気が荒れてるな、と思いながら空を見上げていると夕食の時間なので夕食をいただきました。

 

風呂入って寝ました。

 

ですので昨日は忙しかったの?と聞かれると僕は堂々と忙しくて更新できなかったんだ、と答えることができます。

2019.3.12

しゅごい。大学合格だけで僕の承認欲求はどこまで満たされていくのでしょうか。クラスメイト、旧友、小学校の時の同級生までもが僕を称賛します。明日死にますか僕。

 

さておき友人の家に遊びに行きました。ところで今日は後期試験らしいですね。神戸大学とか出願した気がしますがバックレました。

 

昼からずっとスマブラをやっていたわけですが大乱闘で先に狙われて撃墜されてしまう僕はそれほど強いということですね。心の中で半べそでした。その隙間をタイマンでの勝利で埋めながらひたすらスマブラをやるうちに目の疲れがヤバいことになってきました。そんな中で友人がフラットゾーンにて白色のゲームアンドウォッチを選択。背景に擬態して見えねえよ……

グレープフルーツを許すな

先日、我が家にグレープフルーツが送られました。親が知り合いに貰ったそうです。大量のグレープフルーツ。巨大なその実。

 

アホかと。自意識過剰かと。グレープフルーツ、お前のことを言ってるんだよ、と。

 

なんだよその厚い皮。それを剥いてもなお厚い皮が続く。いい加減剥くのがダルい。そのくせして実は特に甘くもなく、苦味と酸味が繰り返す。食べ終わったころには手がベタベタ。後処理にも困る。じゃあなんで食べるかってお世辞だよ。貰ったからには食べないと悪いってだけの心遣いで食ってやってるんだよ。

 

しかしもう我慢の限界だ。機会を重ねるごとにだんだん送られてくるグレープフルーツが大きくなっている。ソフトボールより大きくなった。巫山戯ているのか。

 

このような現象に僕は見覚えがある。自意識過剰な女と同類項なのである。ガードが固いくせに大して可愛くもなく、お世辞で誉めるとすぐにつけあがって自己管理を更に怠り肥えていく様などグレープフルーツそのものだ。このような女をグレープフルーツ女と呼ぼう。

 

そこで僕はグレープフルーツ女にグレープフルーツは好きですか?という質問を行うべきだと考える。おそらく大半の解答はNOだろう。グレープフルーツの世間での人気を考えるとその解答はもっともである。そしてグレープフルーツ女とグレープフルーツとの共通項をグレープフルーツ女に説明するのである。

 

するとグレープフルーツ女はグレープフルーツを通して自己を反省することができる。その滑稽さ、厄介さ、惨めさ、嫌悪感を全てグレープフルーツを通して知ることができるのだ。いわばグレープフルーツは単なる果実ではなく、心理的側面にも作用する一種のカウンセラーと言うことすらできるだろう。

 

その点において、僕はグレープフルーツを称賛する。さすがだグレープフルーツ。美味しくないのに未だに存在しているだけはある。自らの欠点を最大の利点へと転換するその処世術によりグレープフルーツの価値は-100から100へと変わったというべきであろう。もう全グレープフルーツはカウンセリングの場にだけ置くべきではないか。そして二度と僕の家に送られないでほしい。

2019.3.11

暇なので某掲示板に「塾なし現役で京大に合格したけど質問ある?」というスレを立て起こるは僕に対しての称賛の嵐。リアルでも近所の小さい郵便局に手続き書類を持っていくと職員からも称賛の嵐。一生で一番誉められてますね。

 

それはともかく、新生活に向けていろいろと調べています。このブログに関して言うと大学生になったら適当なレンタルサーバーに移転しようと思ってます。理由はそっちのほうがパソコンに強そうでモテそうだからです。

 

移転後はリア友にも僕のブログの存在を知らせようと思っているのですが別に閲覧数が少なくて寂しいわけじゃないんだからね!

 

今昼の麻婆豆腐は辛かったです。このブログないしは僕に向けられる視線も辛くて、辛いものがありますね。